デヴィ夫人の若い頃がきれい!華麗なる激動の人生

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テレビやCM、バラエティー番組と幅広く活躍し、大統領の妻で勝ち組の人生を歩み大富豪のイメージの『デヴィ夫人』。デヴィ夫人は今でこそ綺麗で年齢を感じさせないアクティブな人ですよね。

みなさんは、若い頃のデヴィ夫人を知っていますか?若い頃のデヴィ夫人は超絶きれいということはご存じの方は多いと思います。めちゃくちゃきれいで大富豪。

みんなが羨む人生を謳歌しているように思えるデヴィ夫人ですが、実は若い頃は、真逆の貧しい境遇で経済的にも精神的にも壮絶な人生を歩んできた方なんです。

名だたる女優さんの中でもトップレベルにきれいで大富豪のデヴィ夫人。そんなデヴィ夫人の大統領の妻になるまでの若かりし頃の激動の人生をまとめてみました。

デヴィ夫人の若い頃がきれいすぎる!

本名:ラトナ・サリ・デヴィ・スカルノ(旧名:根本 七保子(ねもと なおこ))

通称:デヴィ夫人。

生年月日:1940年(昭和15年)2月6日日本生まれ80歳。

インドネシア国籍のタレントでスカルノ元大統領第3夫人。

スカルノ大統領との間に生まれた一人娘カリナの母。

NPO法人アースエイドソサエティ総裁。株式会社デヴィーナ・ソサエティ代表取締役。

デヴィ夫人の貧しく逞しい少女時代が壮絶すぎる!

脚に障害を持つ母。小さな弟、大工の棟梁の父の4人家族。

戦争色の色濃くなり始めた時代に第二次世界大戦に入る頃に生をうけたデヴィ夫人。

4歳の頃には、B29爆撃機に何度も襲われる日々。

大黒柱の父は、不幸な出来事続きで空襲による火消しのために脚を大やけどを負い、どこからか回ってきたメチルアルコールを飲み視力を失った。

父を東京に残し、家族3人で激しい空襲から逃れ福島県に疎開。

食料もなく、空腹が続く日々。生きる気力さえも奪われそうになりながらも容赦なく襲い掛かる艦載機から脚の悪い母と、幼い弟の手を引きやっとの思いで身を隠すが、先に隠れていた村人からは『入って来るな!』と一斉に怒号を浴びせる。生きた心地がしない日々を送っていたそうです。

空襲からも村人の怒りからも、デヴィ夫人は当時幼いながらにも母と弟を守らなければという気持ちが強く村人が母に手を上げようとしたとき、母の前に立ち両手を広げて『ダメ!』と叫び立ちはだかったという。

デヴィ夫人、『私は特別に可愛い存在なんだ』と自覚した子供時代

敗戦後の子供時代は近所にアメリカの駐屯所があり、アメリカ兵も含め大人たちに囲まれ『おっ、可愛い子だ!』とたくさんのお菓子を投げてきたいた。

どこにいっても同じようにしてたくさんのお菓子を手にしており、

近所のおばさんにも『七保子ちゃん(旧名)はぺっぴんさん♪』と歌っていたこともあって

その頃から、デヴィ夫人は『自分は特別に可愛い存在なんだ!』と自負していたという。

デヴィ夫人、初めて感じた貧富の差

小学生の制服は母が父のマントをつぶして、白いテープをつけて作ったセーラー服を着て入学。

先生たちはピンクのドレスを着たお金持ちの女の子を依怙贔屓しており、初めて貧富の差で人の態度が変わることを目のあたりにしショックを受けたそうです。

家庭は貧しく、頭を下げながらも学費をママ友から借金して学校に通わせてくれていた母の姿に心が痛みお金がなくそんな目に合わせている辛く、中学を卒業する頃、少しでも家計を助けるために進学よりも就職を選択したという。

デヴィ夫人、自分の人生は自分で切り開く

この時代の中卒は『就職=工場労働』が定番だったが、入社試験に英語があり合格率1%未満の千代田生命の狭き門を突破。

当時は外交官やエリート商社マンしか英語をまともに話せなく同期は縁故採用だったが、

デヴィ夫人は中学で英語はクラスで一番で、さらに外国人の文通相手をもち近所に住む外国人と英語で話すのが日常だったこともあり実力で採用され人事秘書課に配属されたそうです。

大統領との結婚があったから今の立場があるのではなく、他力本願やなりゆきに任せず、人生を開拓し続けてきたからこそ、今の地位を築きあげることができたデヴィ夫人。

自分の人生は自分で切り開くもの。”自分で未来を切り開くパワー”

デヴィ夫人、”三足のわらじ”,そして別れ、決心

当時のデヴィ夫人は『とにかくお金をたくさん作って家計を助けたい』一心で、秘書の仕事・アルバイト・夜間学生の”三足のわらじ”の日々を送っていたそうです。

現代でそれだけ過酷な日々を経験している人はそう多くはでしょう。16歳で大人顔負けのハードスケジュールですよね!

そんなハードな日々の中、戦時中に飲んだメチルアルコールの影響で目を悪くしていた父が突如倒れ数日で他界。

大黒柱の父を失い、若干16歳で母と弟を養っていくことを心に誓い決心したのです。

デヴィ夫人、壮絶な人生まとめ

デヴィ夫人の、壮絶な人生。

今回は、結婚する以前のデヴィ夫人の過去をまとめ、お送りしてきましたがいかがだったでしょうか。

私は彼女の過去を知ることで、自分が抱えてる悩みがどれほど小さく、そして平和な時代に生まれたことがどれだけ恵まれているのかを実感しました。

度重なる不幸にも負けず、力強く生きてきたデヴィ夫人の人生から学ぶことはとても多いと思います。

次回は、大統領との恋そして、どのように結婚に至ったのかをまとめていきたいと思います。

デヴィ夫人:『貧しい環境に生まれ苦労したことはラッキーだと思います。貧しさは神から与えられたギフトであり、イデオロギーであり、パワーの源なのです。』

 

 

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